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日本 HTLV-1 学会「HTLV-1 キャリア診療ガイドライン 2024」へのパブリックコメント
http://htlv.umin.jp/guideline2024
 
 
2024年3月11日
NPO 法人 日本ラクテーション・コンサルタント協会
 私たちは、乳児栄養に関する国際的な認定機関で認定された、国際認定ラクテーション・コンサルタントによる非営利団体です。メンバーは、新生児科医、小児科医、産婦人科医、助産師、保健師、看護師、栄養士、公認心理士、公衆衛生の専門家など多職種にわたります。乳幼児栄養の選択に関して、母親が十分に科学的根拠のある情報を得た上で、納得した選択をすることを支持し、母親の気持ちに寄り添った支援を大切にしています。その立場から、以下のご提案をしたいと思います。
 
1.協働的意思決定/共有意思決定について
【提案】2.1.3. 栄養法と感染リスク (p.22から)
「妊婦が HTLV-1 キャリアと診断された場合,妊婦は母乳を介した母子感染に関する情報をもとに,自らの意思で栄養法を決定できる。」 のところに、HTLV-1 母子感染予防対策マニュアル(第 2 版, 2022)にある「母親ができる限り納得し
て主体的に授乳方法を選択することができるよう、母親と支援者がお互いに力を分かち持ち、心を開いて尊重し合う協働的パートナーシップと、対話に基づくシェアード・ディシジョン・メイキング(共有意思決定/協働的意思決定)(shared decision making:以下、SDM)によるアプローチが重要となる。」という言葉を追記する。

 それに続け、「協働的意思決定のための情報を複数記述する。」としてから、「長崎県における疫学調査によると,栄養法による母子感染リスクは,HTLV-1 キャリア妊婦が完全人工栄養で育てた児では2.4%,母乳で育てた期間が生後 180 日未満の児では 8.3%,その期間が生後 180 日以上の児では 20.5%であった 7).したがって,母乳への暴露が短期間であるほど,HTLV-1 母子感染リスクが低下することが示唆される.」を描写する。
<提案理由>
2022 年の HTLV-1 母子感染予防対策マニュアル(第 2 版)https://www.jsog.or.jp/news/pdf/htlv1_manual_v2.pdf では、新しく出たエビデンスを基にした母親とのしっかりした対話による共有意思決定/協働的意思決定(shared decision making:以下、SDM)を原則としています。そこには、「2017年に作成された「HTLV-1 母子感染対策マニュアル」では出生後の母乳を介した母子感染予防として完全人工栄養が推奨されていたが、今回のマニュアル改訂では、 母子に対する支援体制を構築した上で、90日未満の短期母乳栄養を含めて母親自身の意思により選択することを原則とした。」
と書かれていました。本ガイドラインの草案にも協働意思決定(SDM)の言葉が数か所にあり、例えば、Q12 HTLV-1 キャリアマザーにおける児の栄養方法として、どのようなものが推奨されるか?の解説にも書かれてあります。しかしその意味するところの説明が今回のガイドラインには見当たりませんでした。とても大切なことですので、授乳方法の選択のところに、その支援姿勢を推奨していることがわかるように、上記の記述の追記をお願いしたいと思います。
 また、長崎県の例(10 年前の論文)は、協働的意思決定のための1つの情報であり、唯一のものではないにもかかわらず、それが前面に出ている印象を受けます。 
2.短期母乳栄養の根拠の示し方について
 今回のガイドラインでは、「妊婦が HTLV 1 スクリーニング検査を受けることで,HTLV 1 に感染していない妊婦は安心して母乳哺育を行い,HTLV キャリアと診断された妊婦は自らの意志で完全人工栄養や生後 90 日間未満の短期母乳栄養を選択することで HTLV 1 母子感染の危険性を低下させることができる」(p.19-20)と書かれている一方で、完全人工栄養を推奨という言葉が強く出ている箇所がいくつかありますので、それぞれ以下を提案します。
2.1 p.22 図 1 10 HTLV 1 キャリア妊婦への対応
【提案】p.22 の図 1 10 HTLV 1 キャリア妊婦への対応 の「完全人工栄養(推奨)」の「(推奨)」を削除し、「完全人工栄養」と「90 日未満の短期母乳育児」の2択として載せる。
<提案理由>

 図には、完全人工栄養と 90 日未満の短期母乳育児のうち、「完全人工栄養」のみに「(推奨)」と書かれています。これを見た医療者は、完全人工栄養を推奨するでしょうし、母親はそれに従わないといけないと思うでしょう。これは共有意思決定ではありません。
2.2 p.22 のグラフ
【提案】長崎県のデータをグラフとして出すのであれば、
  1. 長崎県の研究(文献7)にあるように、短期母乳は(6 カ月未満)、母乳栄養は(6カ月以上)であることをグラフに示す。
  2. 2021 年の研究のグラフ(完全人工栄養で 6.4%,90 日未満の短期母乳栄養で 2.3%,90 日以上の長
    期母乳栄養で 16.7%)を長崎県と並べて紹介する。
<提案理由>
長崎県の研究だけを視覚的に紹介しているのは、危険性についてのインパクトが強いと感じました。また、可能とされる短期母乳栄養の期間が生後 90 日であるにもかかわらず、長崎県の研究では生後 6 か月未満を短期母乳と定義しており、意思決定をするには情報の判断が難しいと感じました。
 次のページには記述で「生後 90 日未満の短期母乳栄養を選択肢の一つとした根拠は,本邦の調査で短期(90 日未満)母乳栄養と完全人工栄養との間で母児感染率に有意差はなかったという報告である8 ).その報告では,HTLV 1 母子感染率は完全人工栄養で 6.4%,90 日未満の短期母乳栄養で 2.3%,90 日以上の長期母乳栄養で 16.7%とされている 8 )」とあるのですから、これも同じように視覚的教材で紹介するべきです。文献8 https://doi.org/10.3390/v13050819 はシステマティックレビューです
から、長崎の研究よりもエビデンスは高いはずです。そこでは、完全人工乳と比べた3か月以下の短期母乳の相対リスクは 0.72 (95% confidence interval (CI): 0.30–1.77; p = 0.48) とされていて、有意差はありません。今回実際に引用している数字は文献8ではなく、2021 年の板橋らの研究の Table3からのようです。Itabashi K, Miyazawa T, Nerome Y, et al: Issues of infant feeding for postnatal prevention of
human T-cell leukemia/lymphoma virus type-1 mother-to-child transmission. Pediatr Int. 63:284-
289,2021. doi: 10.1111/ped.14356 したがって、この文献の数字をグラフに表すべきと考えます。
2.3 p.136 「 Q12 HTLV 1 キャリアマザーにおける児の栄養方法として,どのようなものが推奨されるか?」に対する「回答」「解説」「今後の研究課題」のそれぞれについて以下を提案します。
1)回答部分

「母子感染のリスクを低減させる栄養方法の選択肢として,完全人工栄養(ミルク),90 日未満の短期母乳栄養ならびに凍結母乳栄養がある.そのうち,経母乳母子感染予防の観点から,完全人工栄養が最も確実な方法であり,最もエビデンスが確立した方法として推奨される」
【提案】
上記の記載について以下のように変更。
「母子感染のリスクを低減させる栄養方法の選択肢として,完全人工栄養(ミルク),90 日未満の短期母乳栄養ならびに凍結母乳栄養がある.完全人工栄養は、最も母子感染リスクが低い方法である理論上は考えられるが、コホート研究やメタアナリシスの結果では、エビデンスの確実性は高くないものの、90 日未満の短期母乳栄養は完全人工栄養と比較して母子感染リスクが高いとは言えないことが示されている。一律に完全人工栄養を勧めるのではなく、母子感染予防の観点に加えて妊娠・出産・育児の観点からも各栄養方法のメリットとデメリットの十分な説明が必要である。母親が納得して主体的に授乳方法を選択することができるよう、母親と支援者がお互いに力を分かち持ち、心を開いて尊重し合う協働的パートナーシップと、対話に基づくシェアード・ディシジョン・メイキング(共有意思決定/協働的意思決定)(shared decision making:以下、SDM)によるアプローチが重要となる。(HTLV-1 母子感染予防対策マニュアル (第 2 版)p46,50 からの引用)
<提案理由>

「完全人工栄養が最もエビデンスが確立した方法として推奨される」とありますが、「解説」まで熟読しないと、共有意思決定のための十分な回答が書かれていることがわかりません。実際には3か月以下の短期母乳と完全人工栄養の感染率には有意差がなかったことがシステマティックレビューでも示されています。したがって、それぞれの利点とリスク(不利点)を説明したうえでの対話に基づく共有意思決定こそがガイドラインの回答として示されるべきです。
2)解説の部分
【提案】最もエビデンスが確立した方法として推奨される、と言い切るのではなく、現時点では推奨されているとする。具体的には、以下のように下線部を追加する。

HTLV1 キャリアマザーにおける児の栄養方法について,(中略)厚生労働科学研究班による「HTLV 1 母子感染予防対策マニュアル(第 2 版)」2 では,栄養方法の選択について,完全人工栄養が最も確実な方法であり,【追加】現時点では最もエビデンスが確立した方法として推奨され【追加】ているとしたうえで,完全人工栄養とともに,90 日未満の短期母乳栄養を含めて提示して,母親が自らの意思で選択できるよう協働意思決定支援を行うことが記載されている.その根拠として,日本における全国調査では,栄養法による母児感染率が完全人工栄養では 6.4%,90 日未満の短期母乳栄養では 2.3%,90 日以上の長期母乳栄養では 16.7% とされ,短期(90 日以内)母乳栄養と完全人工栄養との間で母児感染率に有意差はなかったという報告が挙げられる 3, 4 ).これらの情報とともに,栄養法の選択に際して,以下の情報をキャリアマザーに提供して,最終的な児の栄養法はキャリアマザーに選択していただくことが重要である.
母子感染予防のためには完全人工栄養が最も確実な方法であり,【追加】現時点では最もエビデンスが確立された方法として推奨され【追加】ていること,完全人工栄養を実施しても母乳以外の経路でおおよそ 33~6% に母子感染が起こりうること,短期母乳栄養を希望する場合には,生後 90 日未満までに完全人工栄養に移行できるようにすること,生後 90 日までに母乳栄養を終了し完全人工栄養に移行することは容易ではなく,母乳栄養が 90 日を超えて長期化することで母子感染のリスクが上昇する可能性がある,ことである。
<提案理由>

上記の説明や根拠は今後の研究によって変わる可能性があり、まだわからないことも多い
3)今後の研究課題の部分
「母親が短期母乳栄養を選択された場合においては,助産師外来等で適切な乳房ケアと支援を行うなど,生後90 日までに確実に母乳栄養から人工栄養(ミルク)に移行できる支援が重要である.
また,いずれの栄養方法を選択した場合においても,キャリアと診断された妊婦は育児や自身の健康などについて様々な悩みや不安を抱えているので,医療機関,自治体等が連携し,出産後も継続して母児を支援できる体制を国内に整備していくことが必須であり今後の課題である.」
【提案】
以下のように下線部を変更
母親が短期母乳栄養を選択された場合においては,【変更】授乳支援外来等で適切なカウンセリング
行うなど,生後 90 日までに確実に母乳栄養から人工栄養(ミルク)に移行できる支援が重要である.
また,いずれの栄養方法を選択した場合においても,キャリアと診断された妊婦は育児や自身の健康な
どについて様々な悩みや不安を抱えているので,医療機関,自治体等が連携し,出産後も継続して母児
を支援できる体制を国内に整備していくことが必須であり今後の課題である
<提案理由>
実際に生後90日までに確実に母乳栄養から人工栄養に移行できる支援の具体的な方法をきちんと書くべきだと思います。2022 年のマニュアルでは助産師による搾乳ではなく、自分で母親が搾乳できる支援についても書かれています。助産師が直接、断乳後の乳房ケアをするだけではなく、断乳以外の方法(計画的に少し前から混合栄養にしながら移行する方法)を支援したり、自分で搾乳する方法を伝えたりすることもできるはずです。「乳房ケア」という局所的なものではなく、母親の心身に寄り添う、カウンセリングという言葉を使うことが大変重要です。また、支援者は助産師とは限らず、医師が担当することもあるので、「助産師外来」よりも「授乳支援外来」が適当と考えます。

<今後の研究課題についての私たちからの提案>
どの栄養方法もそれぞれに特徴的な困難さがあります。さらなるエビデンス構築までの間の各栄養方法別の支援体制については、HTLV-1 母子感染予防対策マニュアル (第 2 版)が非常に参考になり、その普及も望まれます。母親の心理的負担の少ない栄養方法の選択に関して、よりエビデンスの高い研究に期待しております。短期母乳栄養と混合栄養での母子感染予防効果の違い、NICU に入院するハイリスク新生児に対して考慮される凍結解凍母乳栄養に関するエビデンスも待たれます。(HIV では母乳だけの場合の感染率が低いことから)産科入院中から母乳だけで育てることで感染リスクを減らせないかの検証、3か月間だけではなく他の期間の短期母乳のリスクやメリットについてのデータ、冷凍母乳についてよりサンプル数を増やしたデータ等も必要と思われます。なぜ短期母乳による感染率が完全人工栄
養による感染率よりも低い場合があるのか、メカニズムの解明も待たれます。短期母乳を選んだ場合に、途中から冷凍母乳を使った哺乳びんによる授乳を併用していくことで直接授乳から哺乳びんへの移行がよりスムーズになる可能性も考えられます。そのような実践的な情報を収集するための研究もさらに必要と思われます。
 
以上
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