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日本周産期メンタルヘルス学会
「周産期メンタルヘルス コンセンサスガイド2017」へのパブリックコメント
 
 
 2017 年 3 月 22 日
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)学術事業部
社会医療法人つくばセントラル病院 産婦人科部長
田中奈美
 
CQ7.「向精神薬の母乳育児への影響は?(薬物と授乳のメリット)」の記述について

1. 推奨の3の記載の変更の要望
「母乳育児のメリットは大きいが、母乳育児が原因で精神状態の悪化が強く懸念される場合は授乳中止を勧める」を「母乳育児のメリットは大きいが、母親にとって困難感が強く、適切な母乳育児支援を行っても精神状態の悪化が強く懸念される場合は、授乳の中止も検討する」としていただきたい。

根拠となる情報
 現行の記載では母乳育児そのものが精神状態の悪化と関連するような誤解を与えるおそれがある。母親が抑うつ状態だと、母乳育児の困難感が増加することが示されている1)、2)。コンセンサスガイドの解説に記述していただいた他にも、母乳育児により抑うつが軽減したとの報告は多数存在する1)、3)。適切な母乳育児支援により、母乳育児率の上昇、継続期間の延長が認められる、という報告も多いため4)、5)、まずは、適切な母乳育児支援で母親の困難感を増加させないことが肝要である。

2.解説3の記載についての変更の要望
1)「しかし一方で母乳育児は軌道に乗るまで試行錯誤の連続であり、肉体的にも精神的にも困難を要する場合が少なくない。本人の気力、体力のみならず、周囲の理解とサポートも必須である。」この記載を「しかし、母乳育児がスムースに軌道に乗るためには、産科医療施設の支援体制に寄るところも多く、妊娠中から産後までの母親への適切な情報提供と専門的で継続的なサポートが重要である。支援が不十分な場合には母親が肉体的、精神的な困難感を感じる場合も少なくない。母乳育児の継続には、周囲の理解とサポートも必須である。」としていただきたい。

根拠となる情報
 母乳育児が軌道に乗るためには、産科医療施設の母乳育児支援体制が重要であることは、UNICEF/WHOの「母乳育児成功のための10ヵ条」6)に示されている通りである。母乳育児成功のための10ヵ条を実践している施設では、標準的な体制の施設と比較して母乳育児が軌道に乗る母親の割合が増えることが示されている7)。逆に、十分な母乳育児のサポートがないと、母乳栄養を確立するのが難しかったと、母親が感じていることも示されている8)。また、産後の短期間の介入よりも、妊娠中から産後のまでの長期的な介入のほうがより効果的である5)。「母乳育児は気力と体力が必須」という記載は科学的ではない。授乳形態と母親の疲労感や熟睡感には差がない、という報告9)、10)や、母乳育児は母親の自律神経のバランスを副交感神経優位にシフトさせ、哺乳びんによる授乳はその反対の傾向がある、という研究もある11)。

2)夜間の授乳の母親への負担をさける方法として、混合栄養にする、という方法だけでなく、「家族が児を母親の胸に連れてきて授乳し、児が飲み終わったら連れて行く」、という形を取ることもできる、ということを記載していただきたい。

根拠となる情報
 母乳育児医学アカデミーのプロトコールでは、向精神薬内服中の母親の夜間の睡眠の中断を防ぐ方法として、家族が夜間の哺乳を行うことだけでなく、家族が児を母親の胸に連れてきて、児が飲み終わったらまた連れて行く、という方法を紹介している2)。

参考文献
  1. Dennis CL et al. The relationship between infant-feeding Outcomes and Postpartum Depression: A qualitative Systematic Review.Pediatrics.123 (4): e736-e751, 2009.
  2. Sriraman NK, Melvin K, Meitzer-Brody S. ABM Clinical Protocol #18: Use of Antidepressants in Breastfeeding Mothers. Breastfeeding Med.10(60):290-299,2015.
  3. Borra C., Lacovour M., Sevilla A. New evidence on breastfeeding and postpartum depression: the importance of understanding women’s intentions. Matern Child Health J. 2015;doi:10.1007/s10995-014-1591-z.
  4. Taveras E.M., Capra A.M., Braveman P.A., et al. Clinical support and psychosocial risk factors associated with breastfeeding discontinuation. Pediatrics.112(1 Pt 1):108–115,2003.
  5. Hannula L, Kaunonen M, Tarkka MT. A systematic review of professional support interventions for breastfeeding. J Clin Nurs.17(9):1132-43,2008.
  6. UNICEF/WHO(著).BFHI 2009翻訳編集委員会(訳). 赤ちゃんとお母さんにやさしい母乳育児支援ガイド―ベーシック・コース「母乳育児成功のための10ヵ条」の実践.医学書院.2009.
  7. Kramer MS, Chalmers B, Hodnett ED, et al. Promotion of breastfeeding intervention trial (PROBIT): a randomised trial in the Republic of Belarus. JAMA.285: 413–20.2001.
  8. Declercq E.R., Sakala C., Corry M.P., et al. New mothers speak out: national survey results highlight women’s postpartum experiences. New York: Childbirth Connections; 2008 Available at http://www.nationalpartnership.org/research-library/maternal-health/listening-to-mothers-ii-new-mothers-speak-out-2008.pdf (2017年3月22日検索).
  9. Callahan S, Séjourné N, Denis A. Fatigue and breastfeeding: an inevitable partnership? J Hum Lact.22(2):182-7,2006.
  10. 岡山 久代・飯田美代子,玉里八重子. 産褥早期の褥婦の身体活動・休息と主観的疲労感の関係一入院形態及び授乳形態による比較一日本看護医療学会雑誌. Jpn. Soc. Nurs. Health Care, Vol. 6(1), 5‐14,2004.
  11. Mezzacappa ES1, Kelsey RM, Katkin ES. Breastfeeding, bottle feeding, and maternal autonomic responses to stress. J Psychosom Res.58(4):351-65,2005.
以上
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